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1ヶ月間ソーシャルデトックスしてみて思ったこと

2014年1月はTwitterをほぼ利用しなかった。MacOS XのDockからTwitterを削除し、Android端末のホーム画面からもTwitterアイコンを削除し「見ない」「つぶやかない」を実践した。

きっかけは「キラキラッター」

アイカツ!」という女児向けアニメはご存知だと思う。念のため説明しておくと、主人公「いちご」、その幼馴染「あおい」がアイドル養成学校「スターライト学園」でカードを集めながら仲間とともにトップアイドルを目指すという熱いスポ根アニメだ。 2013年の年末、ふとしたきっかけでこのアニメをまとめてDVDで1話から観てたのだが、第7話「つぶやきにご用心」という話で私の中に稲妻が走った。 7話のあらすじはこうだ。

いちごとあおいはそれぞれ別々のオーディションを受ける。ライバルへの対策として「キラキラッター」での情報集めに夢中になるあおい。だが夢中になりすぎるあまり、親友いちごの言葉は届かなくなる。 オーディション当日「オーディションがんばって!」と笑顔で声をかけるいちごに対して、あおいは何の言葉もかけることができなかった……

TL追うのってそんなに重要なことなんスかね?

例えばある人と一緒にご飯を食べに行くとする。その人はろくに話もせずにTwitterのリロードを繰り返している。その行為に違和感を感じていた。(ま、私もその間リロードしてたりするわけですが) 一緒の時間を共有している時くらいリアルで話そうぜと。Twitterを眺める時間は楽しい。楽しいが、リアルで共有している時間を削ってまでTwitterの情報を漁ることにそれだけの価値があるのだろうか。

改めて見返してみた

自分のTLを冷静に読んでみた。

  • 診断メーカー
  • 社畜ネタのグチ
  • 意味がわからない内輪ネタ

もちろん有益な情報も存在するが、私にとってどうでも良いような話題に埋もれてしまっている。

自分のつぶやきは?

……やっぱりどうでもいいような、くっだらないことばかりつぶやいてた。 これシェアする意味あるの?

Twitterを断ってみてどうだったか

実は2013年秋ぐらいから徐々にTwitterを見る回数を意識して減らしていたので、完全に見ないでいることもそれほど苦痛ではなかった。 普段のリアルの会話のネタはTLから直に拾い上げなくても、翌日になれば、はてブのホットエントリーに入ったり、Gunosyで配信される。 ちなみにTwitterから定期的に配信される「◯◯他n人からのツイートがありました」というメールは、ほとんどがはてブの記事なので大して役に立たなかった。 一方、気になるの動向を追うことができないのは、非常に不便に感じた

自分が欲しかったもの

はてブGunosyで話題になるネタはTwitterで見る必要はない。何度もRTされ、話題になり洗練されたものだけが翌日届けば良い。 そうではなくて「離れた場所にいる人が何をしているか」っていうことが本当に知りたかったんだ。あー、なんて当たり前のことなんだろう。

これからどうするか

近場にいる「リアルな知り合い」のフォローは外していいと思っている。近いんだからリアルに話したいし、たまに出会うから「最近どうよ?」って話もできる。何の情報でもシェアするのは好みじゃない。 むしろ、よく「読む」必要があるのは遠隔地にいる人だと思った。

自分のツイートに関しては「シェアする必要性」を考えて行うようにしたい。考えたことを口にする前に、頭のなかで一旦保留にするのと同じだ。頭に浮かんだことをそのままツイートするのは愚かなことだと思う。

私は「アイカツ!」の蘭ちゃんのように「ネットでだれかと繋がってたいとは思わない」とピシャリと言えるほど、ネットと無関係な生活を送っていない。SNSが当たり前にあるからこそ、一旦デトックスして付き合い方を考える期間をとってみて良かった。